見上げてごらん──妖怪ができるまで──
- 弓長金参
- 2023年10月6日
- 読了時間: 3分
更新日:2024年10月5日
首が伸びる「ろくろ首」という妖怪がいます。
これの元ネタといわれるのが、新潟県に伝わる妖怪「見上げ入道」です。

路を歩いていると、向こうから小僧さんが歩いてきます。
(小さなかわいらしい小僧さんだな)
と思いつつ進むと、当然、小僧さんに近づきます。
そこで小僧さんではなく、けっこう背が高い僧侶であると気づきました。
(おやっ、子どもだと思ったら大人の坊さんか)
そう思いながら、なお近づきます。僧侶は大人に比べてもだいぶと背が高く見えます。
(あの坊さんだいぶと背が高いな……)
と考えつつ進むと、僧侶に近づくたび、僧侶の背がどんどん大きくなります。
目の前に迫るころ、頭を上げて見上げる高さとなり、腰を抜かしてしりもちをつくと、目の前の大きな僧侶は消えていた。狐か狸が化かしたものだろう。

という“昔ばなし”です。
一地方の昔ばなしでしたが、江戸時代後期の空前の妖怪ブームで、見上げ入道も全国区の妖怪のひとつになります。
(ぜひ、見上げ入道を再現した見世物の興行をしたい)
江戸時代の興行主はそう考えました。
近代であれば風船などを加工し、ポンプで空気を送り、一気に巨大化するものを作れますし、現在ならCGで立体的に見せることも可能です。

江戸時代は“首を伸ばし”、見上げ入道が大きくなる姿を再現しました。伸びた首から見下ろすさまは、見上げ入道の昔ばなしを彷彿(ほうふつ)とさせます。
本来は「入道」、つまり“僧侶”ですから、ろくろ首は一般的に男性のはずですが、ブームにつれ女性、それも美女になります。キャラクターものは美女の方が人気がでますし、美女が恨みにすごんだ形相は、へたな強面男性よりも恐怖心をかきたてます。
同様に幽霊画も美女がスタンダードです。現在もホラー映画の幽霊は女性、それも美女が多いのも、人間の普遍的心理を表わしています。
幽霊といえば、“足がない”のが最大の特徴です。
これは江戸時代中期の名画家・円山応挙(まるやまおうきょ)のスタイルといいます。
足元をぼかした方が、“あの世から湧きでた”感が表現できます。足があると生きた人間のようで、いまいち迫力がありません。

現在も江戸時代の作品を中心に、数多くの「幽霊画」が残っています。うす気味の悪い幽霊画を飾るのは、悪趣味のようですが理由があります。
江戸時代、幽霊画に「魔除け」「どろぼう除け」の効果があると考えました。気味が悪く、迫力があればあるほどGoodです。つまり、幽霊画はラッキーアイテムでした。

ところで、見上げ入道の正体といわれるキツネに化かされないために、どうすればよいでしょう。
“まゆ毛につばをつける”のがよいといいます。
キツネは化かす人のまゆ毛の数を数え、数え終わると化かすといいます。
つばをつければまゆ毛同士がからまり、うまく数えられないため、化かされないのです。そこから、疑わしいことを「まゆにつばをつける」、略して「まゆつば」の慣用句が生まれました。