くさった草からホタルがわき出るの?──二十四節気・七十二候の役割──
- 弓長金参
- 2023年9月15日
- 読了時間: 3分
更新日:2024年11月16日
「腐草為螢(くされたる草ホタルとなる)」。二十四節気・七十二候のひとつです。
「芒種(ぼうしゅ)」の時期にあたる、6月上旬ごろの梅雨の季節を表わしたことばです。
「二十四節気」とは1年を24等分した各時期を表わしたもので、おなじみの「春分」「夏至」「秋分」「冬至」などがそうです。「七十二候」は二十四節気をさらにそれぞれ3等分に細分化し、これもその時期にマッチすることばで表わしました。

「腐草為螢」は、ホタルが川にただよう季節を表現したことばなのです。
それでも“くさった草がホタルになる”、とはどういう意味でしょうか。
古代中国人の万物に対する考え方が関係しました。古代中国人は、動物や植物が別の万物に変化(へんげ)すると考えました。雨が豊富な初夏の季節は草が生いしげり、いつの間にかホタルが川を飛び回ります。
実際は川岸に産卵したホタルの卵がかえり、川で成長した幼虫がサナギになりホタルへと変態するのですが、ホタルの生態を観察しなかった古代中国人は、雨露にぬれた草がホタルに変化すると考えました。科学的、客観的に観察するよりも、イメージ先行で万物や世の理(ことわり)を説明する傾向が、古代中国人の思想に多分にあります。

同様に、チョウも草花、とくにきれいな花びらが落ちて、それがチョウに変化する。ゆえにチョウにはきれいな模様がある、と考えました。
実際、古代中国でもきちんと動植物の生態観察をし、いい伝えのように草花から昆虫に変化しないと述べる学者もいましたが、大衆のイメージは変わらず、近代まで草花から昆虫が生まれるのは常識とされました。
日本でも“ウジがわく”と、ハエの幼虫のウジは卵からではなく、自然に発生するイメージでとらえたのと類似します。

二十四節気・七十二候は、単なる昔から伝わることばではなく、生活に密着したかなり重要なツールです。
古代中国では正確なカレンダーなどなく、当然、天気予報もありません。農作業メインに自給自足をする古代中国人にとって、種まきや刈り入れ、冬支度のタイミングを誤れば、作物は実らず食物の蓄えがなくなり、即、餓死するリスクがあります。季節ごとに必要な作業のタイミングを教えてくれる二十四節気・七十二候は、大切なことばなのです。

二十四節気・七十二候は、中華文明が生まれた黄河中流域の気候風土を基に作られています。
4月ごろが春、10月ごろが秋の季節で、それ以外の時期は夏と冬が繰り返す、季節の変化が大きい明らかに大陸性気候に合わせた表現です。
6世紀ごろ日本に伝わり、日本でも季節を表わすことばとして定着しました。
一方で、8月上旬の夏真っ盛りに「立秋」にあたるなど、四季の明確な日本の気候と二十四節気・七十二候はズレが生じます。海洋性気候の日本では、大陸性気候の二十四節気・七十二候の表現がマッチしません。

しかし、気をつけて日々の季節感を味わうと、真夏の暑さのなかで、セミの鳴き声が小さくなったことや、赤トンボが飛ぶようになるさま、朝夕に若干涼しくなったことなどから、たしかに秋の足音を感じるのも事実です。かすかな季節の変化に情緒を感じ、それを和歌や俳句で表現する、日本独自の感性も育まれました。