見た目より性格が一番? ––「直訳」と「意訳」どちらの翻訳が正しいか––
- 弓長金参
- 2023年5月13日
- 読了時間: 2分
更新日:2025年8月21日
“性格はよいが見た目がいまいちな人”と、“性格はいまいちだが見た目がよい人”のどちらを選ぶか。男女ともに異性を論じるとき、よく話題に上ります。

ロシア語通訳者・米原万里氏の著書『不実な美女か貞淑な醜女』のとおり、翻訳者もどちらのタイプを選ぼうか、つねに心が揺れています。
翻訳における「貞淑な醜女」とは、“原文に忠実だが、日本語として読みにくい文章”のことです。
一方の「不実な美女」とは、“原文から外れるが、日本語として読みやすい美しい文章”になります。
要は「直訳テイスト」か「意訳テイスト」かの違いです。

直訳の文章が読みにくいのは万人共通のため、読みやすくするためアレンジをします。
これがいき過ぎると“誤訳”になります。
翻訳者は常にこの「意訳センス」を問われ、誤訳にならない程度の“不実な美女”をよしとする場合が、多くあります。

以前、中国ドラマの台本を日本語訳しました。
初めての本格的な文芸作品の翻訳で、つい気合が入り過ぎてしまいました。
よりドラマチックにと凝った言葉をこねくった訳、つまり誤訳をしてしまい、原文からずれた「不実な『醜女』」に仕上げてしまいました。

よい小説の文章とは、“だれが一読しても分かる平易な文体で書くこと”です。
抽象概念を羅列した難解なものは、解釈がいくとおりもでき、一見詩的で、それゆえ文学性が高いとイメージされがちですが、大きな間違いです。
本来の目的である“内容をきちんと伝えること”ができない文章は、作者の独りよがりの「駄文」です。
翻訳も広い意味で作家活動と言えます。
そのドラマ台本の翻訳の仕事は、原文を尊重し、必要以上に言葉をいじらず、且つだれもが分かる文体を、常に心がけるきっかけとなりました。


