ぞろ目で元気ハツラツ:節句の起源
- 弓長金参
- 2022年5月4日
- 読了時間: 3分
更新日:2025年4月28日
3月3日は女の子の節句・ひな祭りです。5月5日の男の子の節句とともに「ぞろ目」になっています。

ぞろ目の日にイベントをする習慣は、古代中国の「陰陽五行説(いんようごぎょうせつ)」から来ています。
陰陽は、万物が持つ「陰」か「陽」の気のこと。陰と陽の調和により世界が保てると考えました。「五行」は、水、火、木、金、土の5つの元素(エレメント)を指し、この5元素によりこの世は形作られているという思想です。

これに基づき数字も、奇数が「陽」で偶数が「陰」と考えました。
一説によると、割れる偶数は安定し静かなので陰、割れない奇数は不安定に動くため陽とあります。
陽の奇数月のぞろ目の日は、ダブルの陽で縁起がよいとも、陽が強すぎて万物の調和が崩れる邪気払いの日とも考えました。
いずれにせよ、季節の変わり目で人々が注目した日づけであり、このタイミングでイベントをする習慣が生まれます。
1月1日はもちろん「元旦」です。
日本ではその7日後に、七草がゆを食べる独自の風習が生まれました。

3月3日は中国では「上巳節(じょうしせつ)」と言い、川で禊をする風習が、みんなでピクニックをするイベントへと変わりました。
日本に伝わると、当初は邪気払いに人形(ひとがた)を川へ流していた風習が、平安時代に貴族の間で人形(にんぎょう)を飾り、祝いの宴を開くイベントへと変わります。
江戸時代になると、庶民の間でも人形を飾る習慣が広まり、女の子の節句として定着しました。
5月5日は「端午節(たんごせつ)」です。
古代中国の詩人・屈原(くつげん)の死を悼む祭りが起源など諸説あります。

中国では無病息災を願いちまきを食べ、薬草の菖蒲(しょうぶ)を浸して飲んだり、龍形の船で競争したりする習慣ができました。
日本に伝わるとキーワードの菖蒲が、武名を揚げる尚武(しょうぶ)や勝負を連想し、武家社会を中心に武具を飾る習慣になります。
江戸時代には社会全般で男の子の成長を願い、鎧兜や鯉のぼりなどを飾る男の子の節句へと変化しました。
7月7日はご存じ「七夕」です。
織姫と彦星のエピソードのとおり、中国では地方によって、すてきな相手との出会いを願い、餃子や果実などを食べる風習があります。

織姫に因み機織りの上達を願う習慣が、手芸全般の上達を祈願するようになります。
日本に伝わると、カテゴリーを問わず各自諸々のことを祈願するようになりました。
9月9日は中国で「重陽節(ちょうようせつ)」と言い、墓参りや神社へ参拝し、幸福や長寿を祈願しました。後に老人の健康と長寿を祝う、「敬老」のニュアンスが加味されます。

日本では地方により、この日に菊を愛でたり栗ごはんを食べたりする風習があります。
では残った11月11日は、どうでしょうか。
特に伝統行事はありません。2桁以上の数字は1桁の数字の組み合わせですから、あまりぞろ目の日が気にならなかったのでしょうか。
しかし、昨今の中国では、11月11日を「光棍節(こうこんせつ)」という独身記念日として、若者を中心にイベントをすることが流行っています。

中国のある大学で、この日に開いた彼女のいない男子学生のパーティが、全国的に広まったとも言います。確かに「1」は独り者を連想しますし、1が集まった「11月11日」は独り者の勢ぞろいです。
因みに日本でこの日は、「ポッキー&プリッツの日」となっています。


