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「貞淑な美女」は存在するのか? ––原稿に従順、且つ美しい文章––

  • 執筆者の写真: 弓長金参
    弓長金参
  • 2023年5月13日
  • 読了時間: 2分

更新日:2023年6月5日

 前回、翻訳には「不実な美女」がよしとされると、お話をさせていただきました。

 私のたずさわっている出版翻訳は原稿のニュアンスは残しつつ、自然な日本語の言い回しを求める翻訳作業です。これはマンガ翻訳も同じです。

 中国語は日本語と根本的に文章構造が違いますし、特有のクセもあります。

 英語同様に中国語は、文章でも口頭でも基本的に主語を文頭につけます。

“私”にあたる“”、“あなた”にあたる“”など、主語がほぼつきます。

 英語の“This is a pen.”の“a”のような「助数詞」も同じで、中国語は“一個のリンゴ”や“一匹のイヌ”など、逐一助数詞が必要です。


 そのまま訳せば煩わしい日本語になるため、意図して省略します。

 また、原稿に“水素や窒素、さらに炭素、酸素がある”とあれば、必要に応じて“水素や窒素などがある”と丸めます。

 これらは翻訳の基本テクニックですが、それが許されない翻訳分野もあります。​

 薬学も含む「医療」や「特許」などです。

 読みやすいように気を使い“水素や窒素などがある”と省略すると、薬品配合などを誤り、人命にかかわる可能性があります。


 特許も“水素や窒素などがある”と曖昧な表現を使えば「特許請求の範囲」がブレ、のちに「権利範囲」で問題になる可能性があります。

 それゆえこれらの翻訳では、“水素や窒素、さらに炭素、酸素がある”とあれば、“水素、窒素、炭素、酸素”の順番通りに並べ、且つ“さらに”も訳出しなければなりません。

 つまり、原稿に一切逆らわない「貞淑」さを求められます。さらに文章全体が自然な日本語になるような「美しさ」も求められるのです。

​ 出版翻訳は“うまい言い回し”、つまり意訳を考えるのが醍醐味です。メリットかデメリットか一概に言えませんが、それが許されない翻訳分野もあるのです。

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