王朝名の由来
「漢王朝」「唐王朝」と、中国には時代ごとに王朝が存在しました。
そもそも〝漢〟や〝唐〟とはなんでしょうか。

これらの王朝名は、すべて地名です。
通常、王朝名は初代皇帝の封土や、天下統一の拠点にした地名を用います。
たとえば、漢王朝の初代皇帝、劉邦は、大陸の南西部を封土として授与され、「漢王」になりました。後に群雄を平らげ、天下を統一して「漢王朝」を建国します。
唐王朝の初代皇帝、李淵は代々、大貴族の家柄で、「唐国公」の称号を名乗ります。主筋の「隋王朝」の権力をにぎる過程で「唐王」を名乗り、完全に乗っ取った後、「唐王朝」になりました。
10世紀以降、その習慣がくつがえります。
「遼王朝」「金王朝」は、北方に盤踞した騎馬民族の征服王朝です。
中国本土に、そもそも起点になる〝封土〟を持っていません。
王朝の建国時、王朝名に〝遼〟〝金〟の漢字を選定しましたが、選定した理由は諸説あり、明確ではありません。
「元王朝」も、モンゴル族による中国史上で最初の統一王朝です。『易経』の文言「大哉乾元」の〝元〟を王朝名にしました。
つづく「明王朝」は漢民族の王朝ですが、古来からの風習である初代皇帝の封土から取っていません。建国時に王朝名を選定しています。
最後の「清王朝」も満州族の征服王朝で、同様に封土ではなく、王朝名にふさわしい漢字を選びました。王朝名の〝明〟〝清〟の由来も、諸説あります。
共通しているのは、縁起のよい漢字を選び、験を担いでいます。

